大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19208号 判決

原告

宗教法人幸福の科学

右代表者代表役員

大川隆法こと

中川隆

右訴訟代理人弁護士

佐藤悠人

安田大信

松井妙子

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

杉本曉也

右両名訴訟代理人弁護士

河上和雄

山崎恵

的場徹

成田茂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告株式会社講談者は、原告に対し、別紙1記載の謝罪広告を、表題の「謝罪広告」という文字は明朝体10.5ポイント活字、その余は明朝体八ポイント活字、行間隔5.6ミリメートル、文字間隔2.8ミリメートルとして、東京新聞の朝刊社会面に、二段×四分の一(縦6.5センチメートル、横9.7センチメートル)の大きさで掲載せよ。

二  被告株式会社講談社は、原告に対し、別紙2記載の謝罪広告を、表題の「謝罪広告」という文字は明朝体10.5ポイント活字、その余は明朝体八ポイント活字、行間隔5.6ミリメートル、文字間隔2.8ミリメートルとして、朝日新聞の西部本社版朝刊社会面に、二段×四分の一(縦6.5センチメートル、横9.7センチメートル)の大きさで掲載せよ。

三  被告らは、原告に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)及びその広報室長の被告杉本曉也(以下「被告杉本」という。)が発表した判決についてのコメントに従って掲載された新聞記事により、原告の名誉、信用が毀損されたとして、原告が、両被告に対し損害賠償及び被告講談社に対し謝罪広告を求めた事案である。

一  争いのない事実等(ただし、3の事実は、掲記の証拠により認定できる。)

1  原告は宗教法人であり、被告講談社は総合出版社であり、被告杉本は被告講談社の広報室長である。

2  原告の会員二九〇〇名余(以下「原告会員ら」という。)は、被告講談社、同社代表取締役野間佐和子及び同社発行雑誌の編集者らに対し、同人らが被告講談社出版雑誌において原告及びその代表役員(以下「大川こと中川」という。)を誹謗中傷しこれにより原告会員らの宗教的人格権を侵害したとして、各会員に金一〇〇万円宛の支払いを求める損害賠償請求事件を全国七地裁に提訴した。

その福岡地区における控訴審(福岡高裁平成五年(ネ)第二六九号損害賠償請求控訴事件。以下「福岡訴訟」という。)の判決が、平成六年九月一六日に福岡高裁で言い渡された(以下「福岡高裁判決」という。)。

3  被告講談社及び同杉本は、右同日、福岡高裁判決の言い渡し直後に同高裁の司法記者クラブにおいて記者会見を行い、その際、「講談社広報室長杉本曉也」の名義で、「『幸福の科学』の不当な言論妨害に対して極めて正当な司法判断が下されたことに敬意を表すると同時に、これは一講談社のみならず、マスコミ全体にとって、さらには自由な言論にとって、意義深いものがあると考えます。」との部分を含む「見解」と題した文(以下「本件コメント」という。)を右司法記者クラブに交付した。(乙一七)

福岡高裁判決は、東京新聞及び朝日新聞の翌一七日の朝刊で報道されたが、本件コメントについては、その記事(以下「本件記事」という。)の末尾において、東京新聞朝刊の場合には「杉本暁也・講談社広報室長の話 幸福の科学の不当な言論妨害に対して正当な司法判断が下されたことに敬意を表したい。自由な言論にとって意義ある判決だと考える。」と、朝日新聞(西部本社版)朝刊の場合には、「講談社側は『幸福の科学側の不当な言論妨害に対して極めて正当な判断が下された。講談社のみならず、自由な言論にとって意義深い。』としている。」として掲載された。(甲一・二、別紙3、4参照)

二  争点

本件の争点は、被告らが本件コメントを発表したことが原告に対する名誉毀損にあたるか否かである

1  原告の主張

福岡高裁判決の内容は、被告講談社の不当な宗教攻撃に強く警鐘を鳴らしたものであった。ところが、本件コメントは、それを覆い隠すため、あたかも右判決の内容が、「福岡訴訟が被告講談社の業務妨害を目的としたものである」との被告講談社の主張を全面的に認めて原告に不当な言論妨害があったと認定したものであるかのような虚偽の事実を摘示し、原告が反社会的な団体であるかのように一般読者に誤解を生じさせて、原告の名誉を著しく毀損した。

本件コメントによって、原告の受けた損害は、金五〇〇〇万円を下らず、かつその損害の重大さに鑑みれば、本件コメントに基づく本件記事が掲載された新聞上において謝罪広告を掲載することによって名誉回復がなされることが必須である。

2  被告らの主張

裁判所の判断は正当と評価するのが当然である以上、本件コメントにおいて、原告の社会的評価にかかわると判断される部分は、原告が「不当な言論妨害」をしたという部分に限定される。そして、そのうち「不当」という部分については、原告会員らが福岡訴訟において敗訴した、すなわち法的に不当であったと評価されるという当然のことを述べたに過ぎない。また原告会員らによる福岡訴訟の提起が「言論妨害」にあたるというのも、単なる意見表明に過ぎず、原告に対する名誉毀損にはあたらない。

原告の損害については争う。

第三  争点に対する判断

一  本件コメントが、原告の名誉を毀損したか否かを検討する。

1  原告は、まず、本件コメントが、「『幸福の科学』が不当な言論妨害をした」としている点が虚偽事実の摘示であって、原告に対する名誉毀損を構成する旨を主張する。

これに対し、被告らは、本件コメント中の「言論妨害」という表現によって意味したものは、次のものであると主張する。すなわち、「原告の会員らが、被告講談社、同社代表取締役、同社発行雑誌の編集者らを相手にして、同社発行雑誌における記事(以下「本件雑誌記事」という。)が原告及び大川こと中川を誹謗中傷しこれにより原告の会員らの宗教的人格権が侵害されたとして、会員一人当たり金一〇〇万円の損害賠償を求める訴えを全国七地裁に提起し(その内の福岡地区の事件についての高裁判決が福岡高裁判決である。)たところ、原告ら会員による右の訴えの提起を、被告らによる出版という言論活動に対する妨害と述べたものである。」

いうまでもなく、雑誌に記事を掲載することは言論活動の一つであるが、それを批判して訴えを提起することが禁止されているわけではなく、そのような訴えの提起が直ちに言論に対する妨害になるものではない。記事の内容等が社会的に許容されていないものかどうかにより、記事の掲載という言論活動が、ある場合には適切を欠くものとなり、ある場合には反対に不当ではないとされるのであり、それに応じて当該記事に対する損害賠償請求の提訴がある場合には適切な権利行使となり、またある場合には不当な提訴となりひいては言論妨害ともなるのである。

ところで、証拠(甲三・四)及び弁論の全趣旨によれば、原告の会員らにより宗教的人格権の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟が全国七地裁に提起され、福岡地区のものについては、福岡地裁において、平成五年三月二三日請求棄却の判決の言い渡しがあったこと、その控訴審の福岡高裁判決においては、控訴棄却として請求棄却の一審判決が維持されたことが認められる。したがって、判決の結論のレベルで結果的に考えると、本件雑誌記事は当該事件の原告である原告会員らに対する関係では違法性がなく、右記事に違法があるとした訴えは理由がなかったことになる。しかも、弁論の全趣旨によれば、前述の本件雑誌記事をめぐって全国の七地裁で合計二九〇〇名余の原告会員から被告関係者に対し訴えが提起され、双方激しく抗争していたことが認められるから、このような福岡高裁判決言い渡し当時の状況を踏まえると、勝訴した被告当事者側が判決後の司法記者クラブにおけるコメントにおいて右訴えの提起自体を主観的感情を込めて言論妨害と呼ぶことは、当不当の問題はあるにしても、違法の問題は生じさせないというべきである。

2  次に原告らは、本件コメントにおける被告らによる「言論妨害」について、次のように主張する。すなわち、「『言論妨害』とのコメントは、単に1のとおりに宗教的人格権の侵害訴訟の提起を意味するだけではなく、被告講談社の不当な宗教攻撃に対する福岡高裁判決がした警鐘を隠し、反対に右訴訟の提起が被告講談社に対する業務妨害を目的とするものであって原告に不当な言論妨害があった旨を右判決が認定したかのような虚偽事実を摘示したことを意味する。」

しかし、福岡高裁判決における前述のような極めて短い本件コメント中における「言論妨害」の文言をもって右のような深淵な意味までがあるということは無理であり、そのような意味があることまでを認めるに足りる証拠はない。

なお、福岡高裁判決もその一審判決も、被告関係者による本件雑誌記事は、その事件の当事者とはなっていなかった原告及び大川こと中川に対しては不法行為になる可能性があったとは判示しており(甲四の一〇枚目裏から一一枚目、甲三の二一枚目)、反対に原告の会員らによる訴えの提起が被告講談社に対する業務妨害行為ないし攻撃の一環であるとの被告関係者主張の事実を認めるに足りる証拠はないと判示している(甲四の九枚目、甲三の一六枚目裏)。したがって、原告からすると、原告の会員については敗訴したものの、当事者とはなっていない原告自体又は大川こと中川との関係では実質的には勝訴したに等しい判断を得ていたのであるから、それにもかかわらず原告会員らによる訴え提起との関係を理由にして、結論的に「言論妨害」という本件コメントが違法視されないことには、不満が残るかのように見える。しかし、原告らも福岡高裁判決に対しコメントし、言渡翌日の本件記事に、被告講談社側の言い分と並んで原告側の言い分も掲載され、その中には「講談社の言論の暴力を詳細に認定した点で画期的な判決。」(甲一)「宗教上の人格権は認められなかったが勝訴に近い内容だ。」(甲二)との部分もあり、原告側も主観的な感情を含めて自己の言い分を発表し、結果的にそれなりのバランスが図られていたということができるのである。

3 のみならず、既に触れたところでもあるが、本件コメントのような文書は、性質上直接それだけが一般読者等に知らされることはなく、新聞報道を通じて新聞記事の形で一般読者等の目に触れるものであり、それ以外は発表の場である司法記者クラブに参加した記者及びその関係者に配布されるだけである。本件コメントの場合も同様であって、福岡高裁司法記者クラブでの発表の翌日に東京新聞及び朝日新聞に掲載されたのであるが、その内容は、第二の一3後段のとおりであり、記事と本件コメントとはほぼ同内容である。のみならず、証拠によれば、右両紙とも、第二の一3後段のとおりの本件コメントの掲載の他、福岡訴訟の概要、福岡高裁判決の結論及び理由について報道するとともに、本件記事の最後に、被告講談社側及び原告会員らの言い分を掲載しており、本件コメントの掲載は被告講談社の言い分としてなされていることが認められる(甲一・二)。そして、福岡高裁判決(甲三)と比較すると、本件記事は右判決の内容に依拠したものとなっていることが認められ、本件コメントの掲載により、判決内容について一般読者に誤解を生じさせ、原告が反社会的な団体であると誤解させたとは認められない。

4  結局本件コメントにより、原告がその名誉を著しく毀損されたとの事実は認められない。

二  したがって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して原告の負担とする。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官松本清隆 裁判官平出喜一)

(別紙1)

謝罪広告

本紙平成六年九月一七日付け社会面に掲載された「2審も会員側の訴え棄却幸福の科学訴訟」と題する記事中、当社広報室長の「幸福の科学の不当な言論妨害に対して正当な司法判断が下されたことに敬意を表したい」というコメント部分は、事実に反する内容で宗教法人幸福の科学の名誉・信用を著しく毀損するものでしたので、ここに右コメント部分を取り消すとともに、宗教法人幸福の科学に対して謹んでお詫び申し上げます。

平成 年 月 日

株式会社講談社

代表取締役野間佐和子

(別紙2)

謝罪広告

本紙平成六年九月一七日付け朝刊社会面に掲載された「講談社雑誌の『幸福の科学批判』節度逸脱の疑い指摘福岡高裁控訴審 判決は信者敗訴」と題する記事中、当社の「幸福の科学側の不当な言論妨害に対して極めて正当な判断が下された」というコメント部分は、事実に反する内容で宗教法人幸福の科学の名誉・信用を著しく毀損するものでしたので、ここに右コメント部分を取り消すとともに、宗教法人幸福の科学に対して謹んでお詫び申し上げます。

平成 年 月 日

株式会社講談社

代表取締役野間佐和子

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